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新潟地方裁判所 昭和24年(行)6号 判決

原告

瀨高八治郞

被告

新潟県農地委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

新潟県南蒲原郡下條村農地委員会が昭和二十三年四月五日同村大字下條字樋下甲五百三十四番の一宅地二百六十九坪について定めた買收計画、ならびに被告が同年八月二十一日付を以て原告の訴願を棄却した裁決はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として右下篠村農地委員会は昭和二十三年四月五日原告所有の右宅地について賃借人武石寅三郞の請求により自作農創設特別措置法第十五條第一項第二号に基いて買收計画を定め、その旨公告した。それで原告は同年四月十六日同委員会に異議を申立てたが同月十九日否決せられたので同年五月一日被告に訴願したが被告は同年八月二十一日附を以て原告の訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書の謄本は昭和二十四年一月十三日原告に送達せられたのである。しかしながら(一)右武石寅三郞は自作農創設特別措置法施行以前からの自作農であつて同法の実施により解放農地の売渡を受けて自作農となつたものでないから同法第十五條第一項に所謂自作農となるべき者に該当しないのみならず、右宅地の大部分は庭園及び土藏の敷地になつていて農業の経営に必要な土地ではないから右武石寅三郞の請求によつて定めた本件買收計画は違法である。(二)右宅地の賃貸価額は金三十二円二十八銭(一坪十二銭)であつてこれが買收対価は賃貸価額の五十五倍が至当であるに拘らず賃貸価額の五十倍である金千六百十四円を対価として買收計画を定めたのは違法である。(三)本件裁決は前記のように昭和二十三年八月二十一日附を以てなされたのであるが被告に於てその裁決書謄本の送達を遲延し昭和二十四年一月十三日原告に送達されたのであつて自作農創設特別措置法施行規則第四條に反し違法である。(四)右下篠村農地委員会は昭和二十三年十二月十三日右宅地について更めて買收計画を定め翌十四日その旨公告したのであるから同年四月五日に定めた本件買收計画は当然取消さるべきものであつて、その取消をしないのは違法である。よつて右下篠村農地委員会の定めた本件買收計画ならびにこれを支持して原告の訴願を棄却した本件裁決の取消を求めるため本訴に及んだのであると陳述した。

(立証省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、右下篠村農地委員会が昭和二十三年四月五日原告所有の本件宅地について賃借人武石寅三郞の請求により原告主張の如く買收計画を定めその旨公告したこと、原告がその主張の如く異議ならびに訴願をなしたがいずれもその主張の如く排斥せられ、裁決書謄本が原告主張の日に送達せられたこと、本件宅地の賃貸価額が原告主張の通りであつて、その買收対価が原告主張の通りに定められたことは認めるがその余の原告主張の事実は否認する。(一)右武石寅三郞は自作農創設特別措置法により農地の解放を受けた自作農でしかも田畑合計六反五畝余歩を耕作している專業農家であつて本件宅地は農業の経営に必要な土地である。(二)本件宅地の買收対価は自作農創設特別措置法施行令第十一條第一項に基いて定められた昭和二十二年五月四日農林省告示第七十一号第一項に準拠して賃貸価額に財産税法で定められた倍率五十五を乘じた金額の範囲内で適法に定めたものである。(三)本件裁決書は曩に昭和二十三年十二月十四日原告に送付したのであるが地番に間違いがあつたので被告に於て之を訂正した上原告に更めて之を送達したのであつて特にその送達を遲滯したものではない。(四)下篠村農地委員会に於て昭和二十三年十二月十三日本件宅地につき再度の買收計画を定めた事実はないのであつて同委員会書記が誤つて同日本件宅地について買收計画を定めた旨の通知を原告になしたものである。從つて下篠村農地委員会の定めた本件買收計画ならびにこれを支持して原告の訴願を棄却した被告の本件裁決には原告主張のような違法の点はないから原告の本訴請求は理由のないものであると答弁した。

(立証省略)

理由

新潟県南蒲原郡下條村農地委員会が昭和二十三年四月五日原告所有の本件宅地につき訴外武石寅三郞の請求により原告主張の如く買收計画を定め、その旨公告したこと、原告がその主張の如く異議ならびに訴願をしたがいずれもその主張の如く排斥せられ被告の裁決書が原告主張の日に送達せられたことは当事者間に爭のないところである。よつて原告主張の(一)の点について按ずるに、成立に爭のない乙第二、三号証に証人武石寅三郞、同渡辺金次郞の証言を綜合すると、右武石寅三郞は自作農創設特別措置法施行以前から、田畑合計七反五畝十七歩(内自作地二反七畝十五歩、小作地四反八畝二歩)を耕作している專業農家であるが同法の施行により右小作地の内二反一畝六歩の解放を受けたもので同法第十五條第一項に所謂自作農となるべき者に該当すること明かであるのみならず同人は本件宅地上に建坪三十八坪二合五勺の住宅一棟の外農機具類を入れる建坪六坪の倉庫及燃料、肥料等を入れる建坪六坪の小屋を有しその他の部分は約七坪が庭園になつている外用水の溜池や通路、堆肥置場、藁積場、芋苗の床、野菜作り等に使用しておつて本件宅地は同人が農業を経営する上において必要な土地であることが認められ之を覆へすに足る証拠は存しない。さすれば下條村農地委員会が右武石寅三郞の請求によつて本件買收計画を定めたのは相当であつてこの点につき原告主張のような違法は存しない。次に原告主張の(二)の点について按ずるに、本件宅地の賃貸価額が三十二円二十八銭(一坪十二銭)であること及びその買收対価が原告主張の如く右賃貸価額の五十倍で定められたことは当事者間に爭がない。しかしながら市町村農地委員会が自作農創設特別措置法第十五條第一項の規定によつて買收する宅地の対価は同法施行令第十一條第一項により定められた昭和二十二年五月四日農林省告示第七十一條第一項に準拠して当該宅地の賃貸価額が一坪二十銭以下のときはこれに五十五を乘じた金額の範囲内で定めるべきものであつて必ずしも賃貸価額の五十五倍で定めなければならないものでないことは明かである。しかして右下條村農地委員会の定めた対価に不服ある場合はよろしく同法第十四條により対価增額の請求をなすべきであつて本件宅地の対価を前記の如く賃貸価額の五十倍で定めたことを違法であるとし本件買收計画自体の取消を求めることは許されないのである。原告主張の(三)の点について按ずるに、被告が昭和二十三年八月二十一日付で原告の訴願を棄却する裁決をなしその裁決書謄本が昭和二十四年一月十三日原告に送達せられたことは当事者間に爭のないところであるが自作農創設特別措置法施行規則第四條は同條所定の決定書若くは裁決書謄本の送達に関する訓示的規定であつてその送達を遲滯したがために右決定若くは裁決の効力を左右するものでないことは明かである、從て本件裁決書の謄本が遲滯なく送達されなかつたとしても本件裁決は右裁決書謄本の送達により効力を生じたものと謂ふべきであつて、右裁決書謄本の送達について右規則第四條の規定に反する点があつたからとて本件裁決の取消を求めることは理由のないものである。原告主張の(四)の点について按ずるに成立に爭のない甲第一号証の一、二及原告本人訊問の結果を綜合すると下條村農地委員会名義で昭和二十三年十二月十四日頃原告に対し同月十三日本件宅地につき買收計画を定めた旨通知のあつたことが認められるけれども成立に爭のない乙第七ないし第十号証、証人渡辺金次郞、同瀧沢源吉の証言を綜合すると右下條村農地委員会に於ては昭和二十三年十二月十三日の委員会で先に被告より通知のあつた本件裁決の結果を報告したのみで同日本件宅地につき更めて買收計画を定めたものではないに拘らず、同委員会書記が誤つて甲第一、二号証の書面を作成し同日本件宅地につき更めて買收計画を定めた旨原告に通知したものであつて、右通知の内容は事実に反するものであることが認められる、從てこの点に関する原告の主張も結局理由なきに帰着する。さすれば下條村農地委員会が右武石寅三郞の請求により定めた本件買收計画、ならびにこれを支持して原告の訴願を棄却した被告の本件裁決はいずれも適法であつて原告主張のような違法の点は存しないからその取消を求める原告の本訴請求は之を排斥すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。

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